世界の囲碁ルール (こんなに面白い)
本, 王 銘〓
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詳細
- タイトル: 世界の囲碁ルール (こんなに面白い) de 王 銘〓
- ISBN: 4818206741
- ファイル名: 世界の囲碁ルール-こんなに面白い.pdf
- 発売日: 2019/4/25
- ページ数: 199ページ ページ
- 出版社: 王 銘〓
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世界の囲碁ルール (こんなに面白い)オンラインブックダウンロード - 内容紹介本書は、囲碁の発祥から現代まで、世界で使われてきた囲碁ルールの数々を解説したものです。「なぜ、さまざまルールが生まれ、変遷してきたのか」それを知ることは、囲碁の奥深さを知ることにつながります。囲碁ファンにとってとても興味深い一冊です。内容(「BOOK」データベースより)ルールの違いは「囲碁をより楽しむため」。日本のルールは人間味あふれるルール。著者について囲碁棋士九段。台湾出身。歴史あるタイトル、本因坊、王座を獲得するなど、長年にわたり活躍。著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)王/銘〓 1961年生まれ。台湾出身。日本棋院東京本院所属。昭和52年入段、平成4年九段。12年第55期本因坊獲得。13年同連覇。14年第50期王座獲得。24年第2回マスターズカップ優勝。27年通算1000勝達成。棋道賞優秀棋士賞、ジャーナリストクラブ賞、テレビ囲碁番組制作者会賞各1回受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
以下は、世界の囲碁ルール (こんなに面白い)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
銘鋺先生の著書や解説は分かりやすくユーモア溢れて好きな棋士なのですが、本書に限っては全体的に偏った見方や非論理的な箇所が多いと考えます。(1)銘鋺先生は中国ルールについて「目的が2本立て」だからとやや毛嫌いしているように見受けられます。その根底にあるのはおそらく「切り賃がなければ地本位である」という論理でしょうが、やや強引に感じられます。たとえば純碁で1目の目も数えたらそれはまさに現行の中国ルールになりますが、それで純碁が石本位から地本位のゲームに変わったと言えるでしょうか?それに「地」というものが生きるための目を数えることのみであるのなら、現在のすべてのAIは既に地を理解しているといえるでしょう。では6章の主題となっている「AIが苦手な地」というものの正体は果たしてなんでしょうか。そのあたりに矛盾を感じるのです。なので私としては、目的に石が含まれる中国ルールを「地本位」と呼ぶことは憚られます。むしろ地本位でないと考えれば、石が目的に含まれることについても何ら不合理ではないでしょう。それは単に一つのゲームです。ところでもしも中国ルールの批判をするのであれば、なにも「目的が2本立て」のような曖昧な理由ではない恰好の的があります。原則上はスーパーコウを採用しているにもかかわらず、実際には三コウ等で無勝負になっていることです。これは明確な矛盾点です。ただそれは「スーパーコウを厳守せよ」という意味ではありません。スーパーコウもまた様々な問題を抱えるルールであり、厳守できないならば一度見直して合理化すべきだということです。(2)1の例としてセキの目が得点になる図が挙げられていますが、これは明らかに不適切です。セキの目は本来ならば日本の碁でも数えられるものであって、この問題はむしろ日本ルール側のセキだけ数えない特殊性が原因です。つまり日本ルールはセキにかんしてだけ「切り賃ありで数えている」ようなものなのです。となるとこれはむしろ日本ルール側の目的がよく分からなくなっている例であり、墓穴です。(3)ただその直後にAGAルールを持ち出してる点は非常に的確です。AGAルールは中国ルールを地とハマで置き換えたものですが、着手数の少ない側が手数合わせのために1手1目の損を強制されることを以て不自然さを強調しています。ただし、やはりそれすらも日本ルールから見た場合に不自然なだけであって、ゲームとしては単にそういうルールに過ぎないのだと申し上げましょう。というのも見方を変えれば日本ルールもまた不自然なルールだといえるからです。どういうことかというと、AGAルールが中国ルールの地+ハマ版であるように、今度は日本ルールの石+地版を考えます。するとそれは着手数の少ない側が手数合わせのために1手1目プラスとするものであることがわかります。つまりはAGAルールと真逆の考え方です。この手法は本書に紹介されている収後を一般化したものですが、よろしければ実際に最後のダメ詰めが黒番であったりコウパスが発生する例などでこの計算法を試していただければ、結果が日本ルールと一致することがわかるはずです。ところが実際にこのゲームを成立させようとなると、日本ルールと同じく死活を判定解決としなければならないのです。ですからやはり一長一短です。(4)日本ルールの利点は人間味であるという主張は、心情としては理解できますが、やはりそれだけでは今後世界で受け入れてもらうのに限界があるでしょう。たとえばそれが単に終局後の集計法の問題であるのなら、AGAルールでも構わないことになってしまいます。ところで、日本ルールがなにかと槍玉に挙げられる理由について改めてみます。その主張は主に2パターンあります。①日本ルールと中国ルールは集計法が違うだけであり両者は本来同じである(だから統一してもよい)これはほぼすべての関係者、愛好家、研究者に共通するのですが、おおかた例外なくこの"思い込み"を根本にして議論をはじめてしまっているといって過言ではありません。おそらくその理由は、ルール変遷の歴史的な背景だけでルールを捉えてしまっているからです。しかしながら3で説明しましたように、パスの価値が相対的に加点になるか失点になるかという違いを考えれば、単に集計法の問題だけでなく本質的なゲーム性でも違いがあるのは明らかです。にもかかわらず私はこれまで、そういったことを正しく分析している理論に残念ながら出会ったことがありません。私でしたら日本ルールの価値については、独自のゲーム性そのものであることを堂々と主張します。つまりは、中国ルールと日本ルールは似ているようでも実は互換性がなく、それぞれに個性があるからこそ価値があるのです。本来、日本ルールの良さはこのようにアピールすべきではないでしょうか。ちなみに銘鋺先生は統一にこそ反対してますが、その理由は最初に書いた通り「人間味」という歯痒いものでやや説得力に欠けます。②日本ルールは理論的に不完全である銘鋺先生が堂々と日本ルールの良さをゲーム性そのものでアピールしないのは、純粋にゲームのルールとして捉えた場合に日本ルールがともすると、「理論的に不完全である(ように見える)」ために引け目を感じているのかもしれません。たとえばそれは、我々が地を「合意(なんとなく)」で決めていることにほかなりません。日本囲碁規約にすらあたかもそうであるかのように書かれています。そして本書においても「すべての珍形奇形に答えを用意する必要はない」という結論になっています。ですが本当にそのような態度でよいのでしょうか。ルールブックをわざわざ引っ張り出すのはそもそも珍形奇形が生じた時くらいのものです。だからそれに答えられないルールには意味がないと考えます。さて私の想定する(というよりは規約に明文化されていない暗黙の了解の)原始的な地のルールは、シンプルで完全です。そして地のルールであっても原理的には合意は一切不要なはずです。現行規約のような、碁を打つ人にすら理解し難い例外だらけの複雑なものではありません。そのような私の視点で6章について改めて意見するなら、AIが地を理解できないというよりも、そもそも教える側が地の原理を正しく理解していないために教えられないだけだと思われます。
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